素直じゃない

 夜が深くなって、散歩にでる。
 ドアを空けて、薄灯りの通路をぬける。
 踊場から見える団地と線路と踏み切り。
 暗い中にぼうっと踏み切りが照らされている。
 その灯りを眼下に眺めながら何を思うでもなく
 ゆっくりと音を立てないように階段をおりる。
 気をつけているつもりでも、
 カンッと鉄が反応をかえしてくる。
 ようやく地面までたどり着くと
 一息ため息をついた。
 硬い空気は寒くて重い。
 張り詰めるような感覚を頬に感じながら
 踏み切りへと歩いていく。
 もうとっくに終電もすぎてしまって
 けたたましい音をきくこともなく
 静かに線路を越えていく。
 何百世帯も住む団地の間を通っても
 人影もなく猫にすら遭遇することもない。
 道路を渡ると、公園があって中に入る。
 グランドやちょっとした岩場や人口の川などがあって
 昼間は小さな子供が遊んでいたりする。
 園内には亭が設けられていて、行くあてもなく
 吸い込まれるようにして、そこへたどり着く。
 以前はホームレスの方がここに住んでいて
 なにやら荷物がおいてあったりしたのだけれど
 今はもう跡形もなく、その人の姿さえみあたらない。
 亭から園内をぐるりと見渡す。
 滑り台、砂場、時計、薄暗闇の中でも何があるかはわかる。
 亭の天井と、向かいの団地を交互にみて、ため息をつく。
 ここを追い出されて、他に行くことなんかあったのだろうか。
 数分歩いてきただけなのに、もう体が凍えている。
 気象庁の発表によると、来週はこの冬一番の寒さをむかえるらしい。
 きっとどこかでダンボールにくるまって眠っているんだろうか。
 凍死したりはしないんだろうか。
 どんな事情があってホームレスになったのかは知らない。
 何を食べているのかも、どんな生活なのかもわからないけれど
 家を失って、それでも生きようとしている。
 生きていていったい何になるのだろう。
 つらいだけなんじゃないの。
 僕は寒くなったら、まだ戻れるところがあるけれど
 家をもっていない人は、この寒さを耐えなければいけない。
 野宿するでも、襲われたり、財布や荷物を盗られたりしないか
 不安になって眠ることもままならないのに
 いったいどれだけの厳しさを耐えしのいで生きていることだろうか。
 いっそ死んでしまったほうが楽なんじゃないの。
 自転車で多摩川の土手を走っていると川原に木や青いシートなどで作られた
 簡易的な家などをよくみかけるのを思い出す。
 都庁の展望台から新宿中央公園をみると、青いシートが目につくのを思い出す。
 こんな誰もが寝静まった夜に、公園なんかにふらふらと来て
 僕はどうしたいのだろう。
 不規則な生活で、欲求にまかせながらなんとなく過ごしているだけで
 心なしか寂しさが、片時も離れることなくつきまとっているような
 誰かにただあまえたいだけで、そんなんだから誰からも相手にされない。
 こんな僕より、つらい状況でも必至に生き抜いているあの人たちのほうが
 よぽど価値のある人たちなんだと思う。
 かわいそうだと思って話しかけてみたことがある。
 何を食べているのか、どんな暮らしをしているのか、楽しみは何なのか。
 聞いてみたことがある。
 行政のほうで服など支給してくれるそうだし
 理解のある料理店などは食べ物をわけてくれるそうだ。
 僕と話をしてくれた、その顔には笑顔があふれていて
 かわいそうだなんて思っていたことを、どれだけ失礼なことだと恥じてしまう。
 恵んでやろうとでも僕は思ったのだろうか、莫迦にしてる。
 夜寒くて凍死でもしてしまわないかと心配で涙目になってる僕に
 大丈夫だと安心させてくれて慰めてくれさえする。
 僕はどうすればいいんだろう、何を思えばいいんだろう。
 彼らも僕もある意味、自業自得だけれど、僕のほうがよっぽど情けない。
 亭で一晩過ごしてみようかと思った。
 近い将来、僕が家を失うことになったら、それでも僕は生きていけるだろうか。
 家の中でさえ、暖房をつけなければ寒くていられないし
 この時期は暖かい紅茶やコーヒーを 30 分おきくらいには飲んでしまう。
 たくさん種類のある紅茶の味のひとつひとつを楽しむことが好きだし
 コーヒーやココアがない生活がどんなにあじけないことだろう。
 やがて東の空が白んできた。
 このままここにいてもしかたないし、風邪でもひいてしまいそうなので
 いったん戻ることにした。
 子供なんだろうな、自分に素直になれない。