ランダムな宇宙

 宇宙は混沌としている。
 様々な物や減少が入り混じっていて、一見して区別がつかない。
 何もないようでいて、そこには正体不明のダークエナジーが存在している。
 宇宙の神秘を解き明かすこと、それはまた人の心の秘密に迫ることと
 同じことのように思える。
 世界とは、いったいどんなかたちをしているのだろうか。
 それを知るための手がかりとして、私たちは地図というものを使う。
 地図でわかるものは、とても大まかなものだ。
 もちろん詳細な番地などを示した細かな物もあるし
 立体的な地球儀であったりと、
 様々な方法で世界のかたちをしめす手がかりを私たちはもっている。
 しかし己自信が正確に知覚、認識できる世界には範囲が限られてしまう。
 記憶では正確性、完全性でさえあやうく、誤解が生じることもある。
 真に世界を知ることは、はたして不可能なことなのだろうか。
 宇宙とはランダムなのだろうか、人の心はランダムなのだろうか。
 地図をつくるためには、物差しと図法が必要になる。
 幾何学を通じて事象の共通性、相違性、法則的なもの、物差しを手に入れる。
 知るということは、新しいことを発見することなのだろうか
 それとも、すでに感じていることを認識におきかえることなのだろうか。
 脳は物質であるから、心にも宇宙の絶対的な数式のようなものが成り立ち
 偶然と思えていたものは、すべて必然として起った現象にすぎないというのだろうか。
 あらゆる局面で選択している自らの意思さえも運命としてすでに決まっていたことで
 生きるとは予定調和の履行にすぎないのか。
 自らと他者とを正確に知るための地図、この世の秘密を知りたい。
 それを知ってどうするのかと言われてからない。
 ただ知りたい、知らなければ動くこともできない。
 万物は有限で、すべてはリンクしている。
 自身も連鎖の中の一因で、影響を受け与え続けている。
 今まさに、この場所に自分と他者とが存在している意味。
 知りたいという欲求、自己を形成するものの正体、物事の根源、そして行く末、
 知り尽くしたい。
 知りたいと思う、これこそが自分自身であって、生きる力なのだと思う。
 宇宙はランダムではない。
 規則性がある。
 それを知るための方法を探る、一番素晴らしくて一番の無駄。
 何を思うのか、何を残すのか。
 より多くのことを気づきいていきたい。
 脳内彼女について考えてしまった、自分て何だろう。
 よっぽど暇なんですね。
 もっと危機感もったほうがいいぽいです。