僕メディア

 じつは、このサイトは更新停止要求をうけています。
 誤解をうみ、人を傷つけて、それを知ってなおも更新するの必要があるのか。
 是非を問われています。
 また、ポリシーとは何か、迷惑をかけてまで書きとおさなければならないほどのものなのか……
 それでもなぜ僕は書きつづけたいのでしょうか。
 そして、いまでさえ書き続けているのでしょうか。
 ある時は削除要求をつっぱねるなどしたこともありました。
 以前にさかのぼりながら、考えてみたいと思います。


 INCOMPLETE は現在は独立したサイトというかたちをとっていますが
 もともとは PocketPC FAN の一部カテゴリ PocketPC FAN DIARY から派生したものでした。
 PocketPC FAN では、ニュース記事と私的な日記とが区分けされていたものが
 INCOMPLETE では Blog として隔てることなくニュースでも日記でも
 いっしょくたに取り扱うかたちをとるようにしました。
 これには、PocketPC FAN 時代にかかえていたジレンマの解消を図る目的がありました。
 PocketPC FAN のころは、僕にはハンドルネーム自体がなく PocketPC FAN Webmaster としてサイトを管理し、パーソナルコンテンツにおいては"僕"として登場していました。
 Pocket PC についての情報を扱うことが目的であって、配信する人間が誰であるとか、僕でなければいけないという考え自体がなかったからです。
 実際に Pocket PC への憧れであるとか、日々配信される情報を整列させてみたり
 情報を取り扱うこと自体が楽しいことでした。
 まったく初期のころには DIARY というコンテンツすらなく
 Pocket PC の画面用に最適化されたサイトへのリンク集というのが出発点でした。
 そのためにはサイト自体も Pocket PC からの閲覧を想定する必要があり
 デザインはシンプルで、操作としてもわかりやすいものを心がけていました。
 アクセシビリティには気を使っていましたが、だからといって特化できていたかというと、ふりかえってみればあまいところがあったと思います。
 Pocket PC の情報などにくわえて、おまけ程度ではじめた DIARY ですが
 PocketPC FAN のトップページが 1 日 100 〜 300 アクセスだとすると
 DIARY に関しては 1 日 5 〜 30 アクセス程度のものでした。
 読んでくださる方は本当にかぎられていて
 僕もそれで良いと思っていました。
 だからそこ、好き勝手書ける場所だったのだと思います。


 もういつの頃だったか、中学とか高校くらいのころだったと思います。
 当時雑誌などで知り合った何人かと文通などしていた僕は
 ある時、会報のようなものをつくることを思いつきました。
 せっかく同じ趣味をもっている人同士なのだから
 複数で交流できる手段がほしかった。
 そういう声がところどころあがっていたことを知っていたし
 僕自身もそういう人達をつなげたいと思っていました。
 定期化すれば、疎遠になりがちな文字だけの関係も
 一定期間コミュニケーションをとれる機会ができるのだから
 みんなとより深く、長くつきあっていくことができるとも思いました。
 イラストを募り、記事をかいて、コーナーを設けて……
 その時にはもう、僕メディアが誕生していたのかもしれません。
 月 1 度のペースで発行して、みんなが募集したいものを告知するコーナーをつくって
 もう、その時には僕のやりたいことはかたちになっていました。
 ぽけラジなんかを聴いていただけると、出演者の告知コーナーがあるなどしていますし
 PocketPC FAN GIRL なども、出演してくれた方の紹介という意味でリンクを行っています。
 僕のやりたいことは、僕のやりたいことを通して、協力してくれた人たちの望みをかなえる手伝いをすることでした。
 僕自身が望みをかなえてあげられるわけではない、だからそれは手伝うしかない。
 告知だけ打ったところで、それはたんなる情報の羅列であって魅力を感じる人は少ないと思います。
 告知を活かす為には活躍の場が必要だし、それによって魅力を感じてもらうことができればたんなる情報の羅列にすぎない告知についても、興味をひく対象とかえることができるのではないでしょうか。
 実際にどこまでそれができてきたのかは正確な情報をもっていないのでわかりません。
 ただ、聞いてみると「こういうメールがきました」というような反応がないわけでもなく、ごく限られた範囲ではあるものの影響力はあったのだと思います。


 さて、PocketPC FAN とは、その名がしめすとおりに
 第一に Pocket PC ありきのサイトでした。
 次々と新製品が出て、発展していた業界だったため
 サイトも多くの人でにぎわい、一時期はアクセス数が
 1 日 1,000 を越えることもありました。
 それがある時をさかいにして新製品が投入されなくなりました。
 PocketPC どころか、PDA 市場全体が衰退していくことになるとは
 なかなかすぐに受け入れることができないほどの衝撃に震撼されていました。
 アフィリエイトに参加することで PocketPC FAN は広告収入が発生し
 それは生活のたしというより、まさに生活資金として暮らしをしていたこともあります。
 趣味と実益をかねたサイトとして PocketPC FAN は成長し
 もしできることなら PocketPC FAN の更新だけで生活することができれば
 それは面白いことなのかもしれないと思い、新製品が発表されれば
 積極的に実機をさわりにいったり、展示会やセミナーにも可能なかぎり参加しました。
 けれど、Pocket PC はでない……。
 PocketPC FAN で扱う情報はいつしか Pocket PC 以外の PDA の情報が中心となっていました。
 悩みました。
 自らを PocketPC FAN というわりに、Pocket PC のことがまったくわからない。
 本当に Pocket PC のファンでいつづけることができるのか。
 いつまでファンなのか、もしかしたらとっくにもうファンではなくなっているのかもしれないのではないか。
 毎日 Pocket PC を使いつづける日々、いまも僕は Pocket LOOX を使っています。
 衰退していく様子をみているうちに、僕の心は涸れてしまっていたのかもしれません。
 けれど、もし最後になるとしてもじっとしていられなくて
 せめて大好きだった Pocket PC をひとりでも多くの人に知ってもらえたらと考え……
 それは PocketPC FAN GIRL として、かたちになりました。


 僕にとって情報を発信することは今も昔もかわらない。
 自分の好きなものがあって、それを好きだと叫びたくて
 好きだ、好きだ、好きだと叫びたくて
 たまらない気持ちが言語やかたちとなって現象化していたのだと思います。
 そして好きだという気持ちを共有してくれる人が僕には必要だった。
 誰かに僕の叫びを聞いてほしかった、わかってくれる人がほしかった。
 もう全部肌かになって、本音を言おう。
 僕はかまってくれる人がほしかった。


 PocketPC FAN は情報を共有するのが目的だったため
 その裏側にいる個人については置き去りにしてきました。
 他のサイトをみると「○○による○○サイト」といったふうに
 まず個人があって、その人がみたもの感じたものが載せられていました。
 第一に個人が重要な要素だったのです。
 別に僕は PocketPC FAN DIARY のままでも良かったと思います。
 DIARY まで読んでくれる人は少なかったけれど
 だからこそ、僕自身に興味を持ってくれた人たちだったと思います。
 実際にオフ会を開いたり、一緒にメガスターを見にいったりしてもらいました。
 なんて感謝したらいいのか、本当にありがたかったです。


 INCOMPLETE は初期のころ PocketPC FAN DIARY として
 もともと PocketPC FAN でおまけとして書いていた日記を
 はてなダイアリーにもってきたものでした。
 くわえて、PocketPC FAN でやっていた範囲でのニュース収集も
 おこなうことで速報的であったり、よりパーソナル要素を強めたものでした。
 Pocket PC について純粋に情報を知りたい人は PocketPC FAN をみてもらい
 個人のコメントをくわえたり日記中心の個人サイト色が好きな方には
 INCOMPLETE をみてもらうというようなスタンスをとっています。
 現在は PocketPC FAN は事実上更新停止状態です。
 僕の Pocket PC への情熱が冷めてしまったのが理由です。
 PocketPC FAN から INCOMPLETE へすでにもう僕の中では
 メインサイトはシフトしきっています。
 それぞれを別サイトとして考えているため、タイトルの変更であるとか
 管理者名自体をかえるなどをしています。
 移行直後はまだ僕は"僕"のままでしたが、ついに僕は"ポケファ"という名前を手にいれました。
 Pocket PC を追うサイトから、僕の個人的な興味を取り扱うサイトへと
 うつりかわった瞬間だったのかもしれません。
 とりあつかう情報に制限をかけず、むしろ個人的な興味を対象とした日記が中心となっているもの……
 それが、INCOMPLETE なのです。


 PocketPC FAN DAIRY の基本的なスタンスとして事実性よりも
 読者に面白くおかしく読んでもらうことを優先としていました。
 もちろん PocketPC FAN NEWS や HEADLINE については事実性、論理性を優先していました。
 DIARY については私見ですので、書き手にとって事実と異なることであっても
 読み手にとってそれが事実であるかないかはそれほど問題ではないと考えていました。
 大事なのは切り口、物事に対して独自の見方ができるかだと思います。
 また、日記は僕が生きた証でもあると思います。
 そして、僕が見た人たちの精一杯生きた心の記録でもあります。
 だから僕は、できるだけ名前を日記にのっけようとしました。
 印象にのこったことを書こうとしてきました。
 すこしでも残しておきたかったし、大切だから忘れないように書き記してきました。
 大事だから覚えていたかった。
 たとえ忘れてしまうことがあっても、すぐに思い出せるように日記に書いておきたかった。
 僕の見たものを残しておきたかった。
 感じた気持ちを、心を、おいておきたかった。
 だけど、それが人を傷つけていたことだなんて思いもよらなかった。
 護りたい人を、僕は護るどころか、傷つけてしまっていただなんて。
 人にはそれぞれ考え方や感じ方が違うし
 僕のこの日記はとかく誤解をうみやすいのだそうだ。
 そしてその誤解が、人を傷つけることになる。
 ただ、それを直接苦情としていってくれる人は少ない。
 みんな僕には一言も言わず去っていくのが普通なんだと思う。
 そんななかで言ってくれる人というのは、まるで親のようだと思う。
 僕はまるっきり人間ができていない。
 身体だけ大人になっても、中身は子供のままだ。
 いつも誰かにあまえようとしている。
 自分からは話しかけず、相手が話しかけてくれることを待っていることが多い。
 受動態でいることのほうが楽だから。
 人には多くを話さない、けれど話さずにわかってもらえることを望んでいる。
 そのくせ無表情で、感情を読みとられることを嫌っていたりする。
 人生経験は少なく、自分から人との接触をさけるふしがあって
 人とのやりとりに慣れていない。
 いまだに僕は人間をどこか恐れている。


 人はいろんなやっかいなものを心にかかえ込みながらも
 日々笑顔をたやさずに生きているし
 生きようとする姿にこそ、その価値があると思います。
 一生懸命なにかに向かっている人をみれば自然と応援したくなるし
 それが作品として制作意欲をかきたてたり
 人によっては生きる希望になるかもしれません。
 なにげない製品にも、つくった人の考えが込められています。
 そういった人の気持ちや葛藤、一生懸命な姿が僕は好きだし
 感動を伝えたいと思います。


 つつみかくさず言えば、僕自身かまってほしかったり
 ちやほやされたいという気持ちがあります。
 それ以上に好きなものを好きだと叫んでいたいし
 関ってくれる人の手伝いをしたいと思います。
 伝えたいのは感動、そして人の心です。
 どんなものにだって心は宿ると思う。
 その心にふれた時、それが喜びになるから。
 それが僕の日記を書く理由です。
 ポリシーだなんて大げさなものなんてないけれど
 きっともっと大切なものがあると思います。
 インターネットによって誰でも簡単に情報を発信できるようになって
 Blog によってそれがさらにしやすくなって
 なにげなく日記をつけはじめる人が多いと思います。
 僕もそのひとりです。
 誰かを傷つけてまで主張しなければいけないことなのか。
 僕のように悩んだりすることもあるかもしれません。
 そりゃ、誰にも迷惑をかけることなく、傷つけることもないのが一番だけど
 発信するからには思いがあるはず。
 しっかり思って解き放つことができたならいいんじゃないでしょうか。
 どう責任をとるか、考えぬくまで悩んで答えがでればいいんじゃないでしょうか。
 考えなしだから、難しいことまではわからないし
 気がまわらないところもある。
 それでも伝えたいんだ。
 誰かに知ってほしいんだ。
 あなたにわかってもらいたいんだ。
 思いを。
 届けてみないと、何もわからないし、変わらないから。
 いまを生きるあなたが、僕は好きだから。
 僕は叫ぶ。
 好きだー!